リンクを張られるという奇特な方がいらっしゃれば,
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HREF="http://mahopapa.hauN.org/d/YYYYMM_X.html#DDZZ[a-z]>
という感じでお願いします。
#X=a(上旬), b(中旬), c(下旬)Z=各段の番号
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_ 良かったですね(棒読み)
_ 何かと言えば,いわゆる「ポスドク一万人計画」が,見事目標を大幅に達成することに成功したらしいというお話です。
_ 結局のところ何でこんなことになったかと言えば,そもそも日本の科学技術を高度化させるという名目で,全国の国立大学で大学院重点化をおこない,それまで博士課程を持っていなかった地方大にも軒並み博士課程を新設させたことに端を発するわけです。
_ もちろんそれまでも地方大学出身者にも博士号を取りたいというニーズがあった訳なので,それだけだったら良かったのかもしれないんですが,同時に東大・京大をはじめとする旧帝大などの元々博士課程を持っていた大学院の定員がものすごく増えた訳なんです。
_ そうするとどうなるかというと,皆さんご存じの通り東大に入ろうと思ったらものすごい大変な訳なんですが,実は今現在大学院からであれば結構簡単に入れてしまうというすごい状況になってしまったのです。
_ その結果どうなったかというと,関東にある各地方大学では優秀な学生から軒並み東大に持って行かれてしまい*1博士課程希望者が激減してしまいます。
*1: ぶっちゃけた話,この業界で最終学歴が東大,というか東大系の人脈を持つというのはものすごいアドバンテージになりますから,こちら方面の道に進むことを考えている意欲のある学生であればあるほど,東大大学院は魅力的な存在になるわけです。
_ ところが,あまりにも酷い定員割れ状態になると文部省からお叱りの言葉がやってきますので,第二回試験,第三回試験と繰り返し,なんとか人員を確保しようと躍起になり,学生の質にこだわらない人数あわせが行われたわけです。
_ そして,時は就職氷河期時代。幸か不幸か就職にあぶれた学生たちがわらわらと博士課程の門を叩きます。そして,その学生たちが就職の時期になったのですが社会には全く受け皿がない。ということで,あわてて始まったのがこの「ポスドク一万人計画」なわけです。
_ 博士号を取ったばかりの若手研究者に経験の場を与える,と言うお題目で始まったこのプロジェクト。確かに一時的な職を与えることには成功いたしました。
_ しかし,本来最終的な受け皿となるはずの大学や各種国家研究期間などは軒並み定員を減らされ続け,しかも大学助手などは「人材の流動化」のかけ声の下に任期制が中心となり,実質的にはポスドクとなんの代わりもない状態になってしまいました。
_ で,その結果がなんと40代が10%に達してしまうような年齢構造を持った15,000人以上のポスドクです。
_ 一般的に博士号持ちに対する求人ですが,大学の助手(今は助教ですか?)としての採用は32歳前後まで,一般研究員として採用されるのは,だいたい35歳以下という条件が普通です。35歳以上になると,助教授(准教授)か,管理職的な仕事やプロジェクトのリーダーを期待される主任研究員,40歳以上になると大学では教授以外求人はありません。
_ もちろん,業績が十分にあればいきなり教授と言うこともあるのでしょうが,ポスドクとして様々なところを3年刻みで渡り歩いている人と,学位取得後すぐに定職に就き継続して10年近くも研究を続けてきた人では,どうしても差が出てきてしまいます*2。もちろん,あえてポスドクを続けてきたすごい優秀な人もいる訳なんですが,なかなかチャンスに恵まれずにぎりぎりポスドクの口を見つけ,糊口をしのいできた人もいるわけですので(以下略)
*2: うまく学生を使って,業績を量産できちゃうような能力のある人ならなおさら。まぁ,そう言う人は明らかに教授に向いているので,そう言う人が採用されることには全く異論はないわけですが,そういう能力があるかどうかを証明することすらできないポスドクは,戦う前からかなり辛い状況になってしまうわけです。
_ と,長々説明してきましたが,正直な話
とすら言いたくなってしまうくらいにやさぐれてくるわけですよ。こちらとしては。実際こんな状況になるのなんて,ポスドク一万人計画が始まった頃から予想されていたわけです。それどころか大学院重点化が始まった頃から「そんなにドクター増やしてどうするんだ?」という疑問は出ていたわけですから,
と言いたくなってくるわけです。
_ 私もついこの間までこの中にカウントされてきた身ですので,全然他人事じゃない訳なので,憤りはさらに増していくわけですよ。
_ で,しかも腹立たしいのがですね。こういった我々の惨憺たる屍を糧にして行われてきた(ほぼ)若手研究者限定の人材流動性促進政策によって,本当に基礎研究の底上げや科学技術立国の礎ができたのか?というと,ぶっちゃけそれすらかなり疑問な訳です。
_ 結局,その研究が活性化するだろうというよくわからん期待の元に,あえて苦境に放り込まれ,現実に存在するのかどうかもよくわからないはるか彼方のニンジンを目当てにむち打たれてきた我々な訳ですが,その我々が不安定な身分から脱却するためには,何はなくともとにかく業績。とてもじゃないが,結果が出るかでないかわからないような地味な研究何かやっていられません。とにかく注目を集めている分野で,すぐに結果が出るようなテーマでなければ話になりません。
_ 当然そこにはライバルが山のようにおりますので,拙速と言われようがなんだろうが,とにかくスピードだけが求められてきます。そんな状態で出てきた結果なんて,ぶっちゃけ上っ面だけのものでしかない*3わけですよ。
*3: もちろんすごい優秀な人はすごい結果出すわけですが,そう言う人はとっとと定職に就いてすごい結果を出していたりする罠
_ とにかく,若いうちはそれでいいから,あとは教授や何かになってから腰を据えて研究をすればいいよ。と言われ続けていたわけですが,実際腰を据えてやろうかと思っても,下についている人間に業績を上げさせなければいけないし,研究費も国から来るお金はどんどん減らされてしまっているので,とにかく競争的な資金を自分で稼がなくてはいけない。
_ となると,やっぱりものを言うのは業績(=発表論文数)なので,とにかくスピード勝負で論文を出すと同時に,今注目を集めているお金を集めやすい分野が何なのかをめざとく見つけて追いかけ続けなくてはいけなくなってしまい,全然腰を落ち着けて研究なんかできる雰囲気ではないというのが現状です。
_ で,最悪なのが
ということです。
_ 大学やいわゆる国研発のベンチャー企業とかが推奨されて,たくさんできていたりした時期もありましたが,その中でまともに続いているというか,儲けを発生させたものはいったいどのくらいあったのでしょう。あんまり聞こえてきません。
_ これまで企業の研究所と,大学,国研系の独立行政法人研究所は,お互い棲み分けてお互いの不得意な分野をカバーしつつ日本の科学産業を支えてきたはずです。何をどこでどう間違ってこんな状況になってきているのか。15,000人もの経験豊富な人材が腐りきらないうちに,何とかしていただきたいものです。
_ とはいえ,民主党が参院選で大勝利して政権交代してしまうと,独立行政法人は原則廃止になるらしいんですが,どうしましょうね。
_ なにげに,いわゆる国研系の研究所と大学も今やそのほとんどが独立行政法人な訳なんですが,この辺全滅しちゃうってことなんでしょうか?
_ 採算取れるようなところ(理研とか東大とか)もいくつかあるとは思いますが,ほとんどは無理ですよね。どうするんですかね?それとも「原則」の範疇から外してくれるんですかね?というか,
という,素朴な疑問が浮かんできたりする今日この頃な訳ですよ。
_ きっと独立行政法人とか特殊法人は天下りの温床だから,すなわち「悪」とかそう言う発想なんだとは思うんですけどね。それともみんな廃止して公務員に戻しちゃうのかな。そうすれば自治労の人たちは大喜びだから,そう言うことなんですかね?
_
まぁ,最後話が全然違うところに言っちゃいましたが,ほんとどうしてくれるんでしょ。まぁ,「ポスドクでもいいから」って好きでこの業界に飛び込んじゃった人が大多数なので,幸か不幸かわりとみんな覚悟完了済みだったりするわけでもあるんですが,無駄に捨てるにはもったいない人材もたくさんおりますんで,何とか生かせる道を造っていただきたいと思いますです。
_ 本日は,近所の公園で毎年恒例の夏祭りが開催される予定になっていて, ゆうも二週間くらい前から友達とどうやって遊ぶかと言うことを計画して楽しみにしていたわけです。
_ が,しかしご存じの通り数日前から今週末は台風が直撃。しかも昨日の段階ではちょうど祭りのあたりに台風が真上に来ているという予想。
私「いやぁ,さすがに今回は無理だろ。」 ゆう「やだよぉ。前から楽しみにしてたんだからさぁ」 私「でもあれだろ?雨天の場合は月曜日に順延するんだろ?」 ゆ「それは昼の部だけ。夜の部の屋台とかお化け屋敷は明日だけなんだもん。」 私「あ,そうなんだ。」 にょーぼ「というか,夜の部は雨天決行なの。業者の屋台が入るからだと思うんだけど」 ゆ「そうなの!だから,最悪よるだけでも雨が上がってくれないと困るの」 に「さすがのゆうでも,今回のこれは無理だと思うよ?」 ゆ「いやだ。
だから,今日は晴れ女パワーをためるためにも早く寝るから。」
_ と言って,見たいテレビを我慢していつもより一時間近く早く就寝(^^;
_ ………,で,その結果。今現在の予報ですと再(再々?)上陸せずに夕方くらいには茨城県沖を通過するような話になってるようで(^^;;;;;;
私&に「…………,ほんとかしら」 ゆ「う〜〜,浴衣着ていきたいからもっと晴れて欲しいんだけどなぁ」 私「さすがにそれはちょっと無理だろ。」 ゆ「まぁ,浴衣は明日の昼の部までにいい天気になってくれればそれでいいんだけど……」
_
さてさて,またゆうの晴れ女伝説に新たな一ページが刻まれるんでしょうか?どうなりますかねぇ(^^;
_ 結局,台風は完全にコースを外れ, 夜の部が開催される頃にはすっかり雨が上がっていたものの, 主催者側が早々に中止を決められてしまったという, いわゆる「勝負に勝って試合に負けた」状態?(^^;
_ おまけに元々室内で開催される予定だったので, 無事行われていたお化け屋敷は
するというていたらくだったり(^^;>ゆう
_ とはいえ,今日は台風一過の晴天の元,順延された地区子供会主催による模擬店が開かれて,そちらでは十分楽しんだようなので, 「屋台で無駄遣いせずに終わって良かったんじゃないの?」とは,にょーぼの弁。
_
まぁ,ゆうの方はその無駄遣いが楽しみだったんでしょうけどねぇ(^^;
_ 先日来,結構話題になっているらしいこちらのブログ
_ コメント欄含めて読ませていただいたわけですが,なんともやるせない気分にさせてくれます。
_ 関連するような内容のブログやらなんやらも乱立しているようなんですが,こちらのブログのような実際似たようなケースで子供さんを亡くされた方の話を聞くと,本当に切なくなります。
_ この問題の病院の院長は,著書の中で
「妊産婦死亡はいま2万人にひとりぐらいなんだから、そんなことのためにびくびくして医者に通って医療に頼って妊娠が楽しくなくなるぐらいだったらそんなのやめたほうがいい」と熱く語っているそうですが, もしこの言葉に共感を持たれた方がいたとしたら,
という部分にも思いを巡らせてもらいたいものです。
_ 確かに,大きな産院ともなると多少機械的な作業に見える部分があるかもしれません。しかし,それはなんのための効率化なのか。なんのために,万全の態勢が取れるような状態にコントロールしようとしているのか。すべては,妊産婦と生まれてくる赤ちゃんのためです。
_ 戦前の日本では,いわゆる自然分娩がほとんどでした。 確かに信頼のおける助産婦さんや家族に囲まれた幸せな出産も数多くあったでしょうし,今でもそのようなケースはたくさんあるでしょう。
_ しかし,あの時代。間違いなく
のも事実です。
_ 女性が妊娠してから,幾度となくお参りをし,腹帯を巻き,お守りを買い, 無事に子供が生まれてくるようにと願いをかけることは,今でも数多く行われています。でも,なぜこんなにも多くそのような儀式が産まれたのかについても思いを巡らせてみてもいいのではないでしょうか。
_
無事に出産できるのであれば,自然分娩が一番良いのかもしれません。しかし,そうではなかったとき。本当に頼れるものは何なのか。冷静に考えてみたいものです。
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